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車いすと点滴スタンドをしっかり固定:AIBOU開発ストーリーー 船舶機器・計器のメンテナンス会社が商品開発で学んだこと ー

企業を取り巻く環境は刻々と変化しており、さらなる成長の道筋として新たな分野への挑戦が重要になる。こうしたチャレンジは、社員が経験を積み知見を広げることにつながり、モチベーション向上や人材の育成にも役立つ。そのため多くの企業が、自社独自の製品・サービスの開発、新たな販路の開拓に取り組んでいる。

船舶機器・計器の販売・メンテナンスを主な事業とする豊國も例外ではない。その一例として、医療機関などで車いすと点滴スタンドを安全に連結する「AIBOU」の開発ストーリーをお届けする。

株式会社豊國の工場長で、AIBOUの設計・試作を担当した田野雅己が語ってくれた。



AIBOUを利用すれば点滴中の患者さんを一人で移動させられる

医工連携で開発が始まる

AIBOUは、車いすと点滴台をつなぐ専用の連結器具だ。呉自社商品開発協議会及び呉国立病院機構呉医療センタ・中国がんセンタとで共同開発した製品である。

AIBOUを使うと、患者さんは車いすで移動しながら点滴やカテーテルなどを続けることができる。単純な器具で同じような製品はすでにいくつか存在しているが、使い勝手や安全性の面で課題を持っていることも少なくない。

豊國が参加している呉自社商品開発協議会 (http://www.checkure.jp/tr/kit21/) は、積極的に自社商品を開発しようとする企業が、相互の技術や情報を交換するとともに、産学官の連携のもとに開発を推進する場となっている。

ここに、公益財団法人くれ産業振興センター経由で、国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター(https://kure.hosp.go.jp/)から相談が寄せられた。そのうちのテーマのひとつが、車いすと点滴台の連結方法だった。

点滴台使用時の車椅子での移動の課題

「実際にお話を伺ってみると、既存の連結器は使い勝手や機動性が悪くて使われていない状況だとわかりました」(田野)

医療現場では、点滴などを受けている患者さんがそのまま車いすで移動することがある。このとき次のような課題がある。

  • 患者さんが自分で点滴台を持つ危険性

  • 介助者2名での作業は人手不足で難しい

  • 車いすと点滴台の両面の運用で、方向転換および狭い場所での離合やエレベータに乗り合わせが困難

「そこで、車いすと点滴台を連結する器具を使うのですが、単純に連結するだけでは、狭所やエレベータに乗る上で容易に点滴台を引き込むことが簡単ではありません。また器具自体も、工具などを使わず簡単に脱着できる必要がありました」(田野)

さまざまな工夫を盛り込んだ連結器具

呉自社商品開発協議会には、さまざまな企業が参加している。その中から、この課題に興味を持った企業が手を上げて分科会を作り開発に取り組んだ。

色々なプロセスを経て出来上がったのが次の器具(写真1)だ。まず、この器具(以下:AIBOU)を車いすのハンドル部分とティッピングレバーと呼ばれる下部金具部分2か所で固定する。この固定部には連結部が接続されており、ここに点滴台を接続する。この連結部自体も、使わないときは折りたためるようになっている。

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写真1:車いすと点滴台を連結したAIBOU(I)

「連結棒でこだわったのは、外力によってしなやかにたわむ可とう性と復元性を持たせたことです。これによって移動中でも点滴台を簡単に引き込むことができるようになりました。また安全性の観点から金属製の円筒型密巻きバネの中にチェーン状の部品を入れて自転を許容させない構造にしました」(田野)

こうして出来上がったAIBOU(I)は、呉医療センターですでに何年か試運転してもらっている。また東京ビックサイトで開催された「HOSPEX Japan 2017」で公開したところ、約300名の方の来訪があった。

「医療現場で働く方々からは、ぜひうちの病院に欲しいという声を頂きました」(田野)
ただ、厳しい評価も寄せられたという。

そのひとつに、全体的に重量感があるというのだ。実際の医療現場では、この重量感は受け入れがたいものらしく、これについては全くの目からウロコだったのだ。

もう一つに、実際は大丈夫なのだが連結部の密巻きバネに点滴チューブなどが挟まりそうに見えることも受け入れがたい要素だという。

「そのご指摘から、軽量化と共に連結部の構造を見直し改良したものがAIBOU(Ⅱ)です」(田野) (写真2)

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写真2:車いすと連結したAIBOU(Ⅱ)

AIBOU(Ⅱ)では、連結部の密巻きバネの代わりにブレードボースを採用している。そのメッシュ構造によって自転を抑制しているのだ。また、これだけでは復元性が弱いため、特殊な樹脂製の棒を入れてある。

これによって見た目の重厚感の払拭と共に、実質3割もの軽量化に成功している。

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新型の連結部構造の説明をする田野

共同開発で、多くの知見が集まる

今回の共同開発では、それぞれに得意なノウハウを持った企業が集まっている。

「多い時で月に2・3回グループの会合を開くなかで、試作途中の物の評価を受けたりしました」(田野)

そのおかげで、自社だけでは活用が難しい技術やノウハウを活かすことができたという。

たとえば、鉄工所のような企業であれば、金属を曲げたり切ったり溶接したりという加工は得意なのだが、反面、得意分野から外れる局面では、全体像をまとめることが困難な一面もある。

「豊國は船舶や陸上機器などいろいろな機器を取り扱っています。元々は製造を主軸とした企業ではありませんが、これら多岐にわたる機器を取り扱う上で様々な技術を身に着け、経験と実績でいろいろ提案もできる人材で活動しています。そのため、今回のグループ活動で試作を進める上で、お役に立てたかと思います」(田野)

自社製品の大々的な販売にチャレンジ

製品PRでは、展示会のほかに豊國のホームページに、AIBOUに関して簡単な情報や説明動画を載せている。そのために、年に何件か問い合わせが来るようになった。また豊國では、医療機器用のシールドルームの検査などを行っているが、作業に向かう車にはAIBOUの大きなステッカーを貼っている。

なお大々的な販売に向けての課題は価格とPRの方向性だという。AIBOU(Ⅱ)でかなりコスト削減できたが、それでも医療現場の裁量だけで購入して頂くのは、なかなか難しいという。

「AIBOUが利便性だけのアイテムだとすれば私も高価だと思います。ただ本件の場合、低価格ゆえに機能性を妥協すれば既存品と同じ結末ですし、この開発の本来の目的から外れます。開発の骨子としては、他社製品との差別化を図りつつも、こだわる部分はこだわり、ムダはムダとしたスマート性により原価を抑えることを念頭に進めました。

そういった面では、かなり自信を持ってリリースしています。それでも売れ行きが芳しくない要因としては、前述したとおりユーザー側の利便性に接する費用対効果が強く意識されるからだと考えています。今後は医療行為としての是非など触れつつ、医療現場の安全衛生側にしっかりPRすることが必要だと思います。事実、取引のあった医療関連様は、こういった安全衛生に相当力を入れておられました」(田野)

モノづくりへの想い

このように新しいモノを自分たちで作ることで、多くのことを学ぶことができたという。

もっとこういうふうになっていたら良いなとお客様から直接反響がくる。それが自分たちのやる気にもつながるのだ。

「近年の特に若い世代は、何か自分でモノを作るよりも、世の中にある完成品に自分自身が合わせていることが多くなっています。でも完成品だけを見ていても、作っていくプロセスは到底理解できないと思います。そういった意味からも、AIBOUのような自社製品を開発する体験はとても大事だと思いますし、チャンスだと思います。

ただ、こういった実現に向けての取り組みは半端ではありません。特に新たなチャレンジは、表面的には見えない苦労の連続です。開発は、まず市場調査を経て仕様をまとめて仮価格設定をします。そして目標の原価や納期などを念頭に、設計と並行して部品調査に始まり、材料屋に足を運ぶ、加工業者と相談するなど様々なプロセスとすり合わせを経て完成にこぎつけます。完成すれば実証実験や試運転などに移行しますが、うまくいかなければ最初からやり直しも十分にあり得ます。

このような他所から見えない部分の活動こそが開発の本質だと思います。何もないところから新しいアイデアがポンポン出てくることはありません。手を動かし頭を使うところから少しづつ形になっていきます。こういった体験が次の問題解決力につながると思うのです」(田野)

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